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東京高等裁判所 昭和45年(ネ)571号 判決

理由

一、原判決添付目録記載の本件土地が昭和三八年九月一〇日控訴人において前田金三より買受け同月一二日その旨の所有権移転登記を経由したものであること、その後右土地につき静岡地方法務局熱海出張所昭和三九年一一月二八日受付第六九八八号をもつて政岡商事株式会社(以下政岡商事と略称する)のため同日付売買を原因として所有権移転登記がなされていること、さらに政岡商事に対する国税滞納処分として本件両土地について行なわれた参加差押の登記が、同出張所昭和四二年八月五日受付第五一三六号をもつてなされ、また地方税滞納処分として東京都から本件土地中一九八三番の七の土地について行なつた参加差押の登記が同出張所同年一二月二八日受付第八二九五号をもつて、一九八一番の六の土地について行なつた参加差押の登記が同日同出張所受付第八二九七号をもつてそれぞれなされていることはいずれも当事者間に争いがない。

二、控訴人は、政岡商事との間において本件土地の売買をした事実はなく、前記移転登記は政岡商事が控訴会社に無断でその申請手続をしたものであるから、本件土地は依然として控訴人の所有に属している旨主張する。

しかし、本件土地について控訴会社から政岡商事への控訴人主張の所有権移転登記がなされていることからすれば、反証がないかぎり、本件土地の所有権は控訴会社から政岡商事へ移転しているものと推定するのが相当であるから、これに反する証拠資料としてどのようなものが存するかについて検討する。

右の点について、政岡弥三郎は、原審における被告会社政岡商事の代表者として、また当審における証人として、控訴人の右主張にそう趣旨の供述をしており、殊に原審においては、控訴会社が昭和三九年一〇月か一一月に倒産したので、当時控訴会社に対し、五、〇〇〇万円に近い債権をもつていた政岡商事としては、控訴会社から何か財産をもらつておこう(押えるものがあれば押えておこう)と考えたところ、その代表者川村英太郎の行方が不明のため実行できずにいたが、たまたま山田磯吉が本件土地の権利証を持つていることを知り、自分の方で責任をもつからよこせといつて取り上げ、それと、控訴会社から他の土地を代物弁済で取れることになつていた関係上余分に交付を受けてもつていた控訴会社代表者の資格証明文書、印鑑証明書、白紙委任状等(あるいは山田磯吉のもつていた書類の中から抜き取つたかも知れぬそれらの文書)を用いて控訴会社に無断で移転登記の申請手続をした旨供述しており、また原審証人原良次の証言中には、控訴会社の不動産課長として不動産関係の仕事を担当していた同人が控訴会社代表者の代理人として本件土地につき控訴会社の山田磯吉に対する債務のため抵当権を設定しその登記手続を司法書士に委任したが、登記がすんだ後自分は本件土地の権利証をもらいに行つた記憶はなく、山田に右権利証を取つて来るように頼んだと思う。しかし、会社に権利証が戻つたことを確認しておらず、自分が山田に督促したこともない旨暗に山田が権利証を司法書士から受取つて所持していたものであるかのような趣旨の供述部分があり、原審および当審における控訴会社代表者の供述中には、前記移転登記は自分の不知の間になされたもので、譲渡担保としても本件土地の所有権を政岡商事に移転することを承諾した事実はない旨および政岡商事から金融を受けるについては委任状や印鑑証明書を余分に渡していたから、政岡商事の方でそれを使つて前記移転登記をしたのではないかと思われる旨控訴人の主張にそう供述部分がある。

しかしながら、右証言および供述中政岡商事の方で山田磯吉から本件土地の権利証を取り上げて前記移転登記手続に使用としたとの点およびこれに照応する部分については、原審証人山田磯吉の証言と対比し、また原審における被告会社代表者尋間の結果により真正に成立したものと認められる甲第一号証に権利証のことについて全然ふれていないことと対照し、さらにまた、原証人の証言(控訴会社代表者の代理人として山田に対する抵当権設定登記申請の委任に関与し、登記完了後司法書士から権利証を受取つてくるよう依頼したというのに、その後督促もせず、権利証の所在に無関心な態度をとつていたという供述)自体不自然なものを感じさせることなどを考え合わせると、前記証言・供述をそのまま真実として受取りかねるように思われる。

前記甲第四号証によれば、前記所有権移転登記の申請書には申請代理人たる司法書士に対する両会社代表者の委任状、印鑑証明書等のほか本件土地の権利証が添付されていたことが認められるのであつて、しかも政岡弥三郎の供述ないし証言しているように山田磯吉が所持していた権利証を控訴会社に無断で政岡商事へ渡したという事実が認めがたいとすれば、他の何者かが右権利証を所持していてこれを政岡商事側へ渡したというような事実を認めるべき資料は一つもないのであるから、それだけでも、前記所有権移転登記手続は控訴会社側の了解なしには行なわれえないはずであるといえる。

なお、政岡弥三郎の意思に基づいて同人名義で作成された前記甲第一号証には、自分の友人の山田磯吉なるものが〔控訴会社代表者の〕白紙委任状および印鑑証明書を持つていたので無断で前記移転登記手続をした旨の記載があり、政岡商事が控訴会社から余分に預つていたそれらの書類を無断で使用したとの記載はなく、しかも、右甲第一号証に記載のような事実がなかつたことは、前記山田証人の証言のほか原証人の証言および原審における控訴会社代表者の供述の各一部から十分に認められるところである。

のみならず、《証拠》によれば、本件不動産は昭和三九年一一月二八日控訴会社の政岡商事に対する債務についての譲渡担保に供するため政岡商事の名義に所有権移転登記をしたものであることを前提として、両会社間で右債務弁済等につき合意が成立した趣旨およびその合意の内容を記載したものと解される文面の「解決書」と題する書面が昭和四二年一二月二〇日付で両会社代表者の連署のもとに作成されていることが認められるし、また《証拠》によれば、政岡商事は昭和四三年一月中東京国税局に対し前記参加差押の解除の申出をし、同会社従業員大日方某をして同国税局に出頭のうえ申出の理由を具申せしめたが、その際も政岡商事が無断で前記移転登記の手続をしたというようなことは全然具申されなかつたことが認められる。

以上述べたところを総合すると、前記所有権移転登記が政岡商事の方で無断で行なつた申請に基づいてなされたものであるとの控訴会社主張は、証拠資料のうえでこれを肯認するのに困難な点が多く、かえつて控訴会社から政岡商事への所有権移転は控訴会社の了解のもとに有効に行なわれたものであり、本件各参加差押登記の当時政岡商事の所有に属していたものと認めるのが相当である。そしてまた、《証拠》によれば、右所有権の移転は控訴会社の政岡商事に対する債務についての譲渡担保とする目的で行なわれたものであり、その後担保債権についてはおそくとも昭和四二年一二月二〇日までに控訴会社の債務のうち金三五〇万円とする旨の合意が成立していたものと認めるのが相当である。

三、つぎに控訴人の予備的請求について考えるのに、控訴人のこの点に関する主張は、譲渡担保の対外的効力を債権者債務者間等内部関係においてのみ認められるべき法律関係と、全く同律に扱おうとするものであつて、相当でない。およそ譲渡担保はその内部関係において清算型であると否とを問わず、債権者から譲渡担保の目的物を取得した第三者が、特段の事情がないかぎり、善意悪意を問わず完全な所有権を取得すべく、この理論は本件のように租税徴収のため参加差押をした国ないしは地方公共団体の関係においても変りはない。

したがつて被控訴人らのために行なわれた本件参加差押登記は有効である。控訴人は更に譲渡担保の対外的効力が、一般には被控訴人ら主張のとおりであるとしても、本件においては国税徴収法第八条、第一五条ないし第二三条の規定の趣旨から考えて対抗要件の有無にかかわることなく、あくまで納税者に実質的に帰属する財産の範囲に限つて徴税が行われるよう解釈すべきであると主張するが、譲渡担保のばあい担保物件の所有権は対外関係においては完全に担保権者に帰属し、債権者、債務者等の担保契約当事者間においてのみ、合意のあつた担保目的に見合う債権債務を発生せしめるにすぎないと解するのが相当であるから、本件において譲渡担保契約の効果として完全に本件土地二筆の所有権が訴外政岡商事株式会社に移転し、かつその旨登記も経由している以上控訴人は右所有権移転につき第三者である被控訴人らに対して右物件が自己の所有であると主張することができない。そればかりでなく、国税徴収法を仔細に検討しても、控訴人主張のような解釈を施すべき規定は存在しない。よつて控訴人の予備的請求も失当である。

なお控訴人は、被控訴人国に対する請求は仮りに理由ないとしても、被控訴人東京都は本件請求を免れ得ない旨主張するが、仮りにこの点につき控訴人が前段事実摘示において主張する事実により本件土地二筆の所有権が控訴人に返つていたとしても被控訴人東京都による本件参加差押当時(昭和四三年一二月二八日)その旨の登記を経由していない(このことは《証拠》により認定しうる。)以上、控訴人は右物権変動をもつて被控訴人東京都に対抗しえないから控訴人の右主張は失当である。

四、以上の次第で控訴人の本位的請求は理由がないから棄却すべきであり、これと趣を同じくする原判決は相当で本件控訴は理由がないから棄却する。また当審における新らたな予備的請求も前段説示のとおり失当であるからこれを棄却する。

(裁判長裁判官 多田貞治 裁判官 下門祥人 兼子徹夫)

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